2009-09-10 當山日出夫
この本、ななめにざっと読む、ということができない。生き残ったひとの証言を、淡々と(まさに、淡々としか言いようがない)記述してある。それが、この本の真骨頂だろう。
手塚正己.『軍艦武藏』(新潮文庫)上・下.新潮社.2009
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私ぐらいの世代であれば、大和・武蔵、それに、信濃(三号艦、途中から空母に変更)のことは、知っている。子供のころのこと。また、『戦艦大和ノ最期』(吉田満)も、読んでいる。角川文庫版しかなかったところに、(今はなくなった)北洋社の、著者自身による再校訂版が出たのを持っている。
武蔵については、吉村昭の『戦艦武蔵』ぐらいしか読んでいない。ただ、この本は、その軍艦としての建造と戦闘・沈没が中心。
言いたいことは多くあるが、二つだけ。
第一は、『野火』(大岡昇平)に描かれていることが、実際のこと、体験談として、描かれていること。これは、武蔵が沈没してからの、乗組員のその後を描いた箇所で。これまでの、壮絶としか言いようのない、戦闘の記述を経たあとでは、ごく自然に読めてしまう。極限状態におかれた人間とは、このようなものか、という印象をもつ。
第二は、戦後になって、武蔵の乗員であったひとたちが武蔵会をつくって、慰霊祭を、靖国神社でおこなっている。靖国神社については、いろいろ意見がある。しかし、この本を読んで、生き残ったひとたちが、靖国神社であつまることに、私としては、違和感を感じない。ごく自然なこととして読める。(しかし、この本の意図としては、靖国神社を肯定する方向性はない。)
當山日出夫(とうやまひでお)
おまけ
『軍艦武蔵』(手塚正己)は「藏」、『戦艦武蔵』(吉村昭)は「蔵」、字が違うので、検索にこまった。
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