『かか』宇佐見りん/河出文庫
2022-05-28


2022年5月28日 當山日出夫(とうやまひでお)

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宇佐見りん.『かか』(河出文庫).河出書房新社.2022(河出書房新社.2019)
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売れている本ということなので、読んでみることにした。ただ、宇佐見りんは、『推し、燃ゆ』は、読んだのだがあまり感心しなかったということがある。(これはもう私が年取って時代遅れになってしまっているということなのかとも思ったりする。)

『かか』であるが、読んで思うことは、これは傑作である。この小説には、古さと新しさが同居している。そして、古さと新しさを、巧みな文章で同居させている。その文体の魅力である。

第一に、この小説の題材は、いかにも古めかしい。女であり、子供であり、家庭であり、母であり、病気であり……これまでに多くの文学であつかわれてきた題材が、この小説にはちりばめられている。はっきりいって、ここに目新しさはあまり感じない。

第二に、現代の若い作家の作品として、SNSの世界を描いていること。これは、新しい。SNSの世界にも、新しいメディアのなかに、人間関係があり、またそれは、リアルの世界とどこかつながっている。(このあたりも、さほど目新しいということはないのかもしれないが。)

以上の二点……古さと新しさ……のことを思ってみるのだが、もう一つ特筆しておくべきは、文体の魅力である。文学とは究極のところ文体の魅力であると、私は思うところがあるのだが、この小説は、読み始めてその文体の魅力に引きこまれる。標準的な日本語の文章というのではなく、疑似方言が出てくる。どこと特定できることばではないと感じるのだが、そのその独特のことばづかいが、作品を読ませる力になっている。

さらに書いておくべきこととしては、熊野信仰がある。少女は、東京から熊野へと旅をする。その旅の過程と、それまでの人生の回想がないまぜになって小説は進行する。熊野とは、はっきりいって、いかにも古めかしい題材である。なぜ熊野を目指すことになるのかは、明示されているわけではない。しかし、熊野へと旅する少女のこころのうちに、読みながら入りこんでいくことになる。

『かか』という小説を構成するのは、なじみのある古風なテーマと、そして、今の時代に生きる少女の感性。そして、古来からの熊野信仰。これらが、魅力的な文体でつづられる。

文学というものが、必ずしも新しい題材だけを求めて成立するのではないことが分かる。そして、文学をささえるのは、文体……ことばの魅力……であることを、確認できる小説である。

2022年5月17日記
[文学]

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