『けものたちは故郷をめざす』安部公房/新潮文庫
2022-07-15


2022年7月15日 當山日出夫

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安部公房.『けものたちは故郷をめざす』(新潮文庫).新潮社.1970(2018.改版)
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『砂の女』につづけて読んだ。そのせいか、相反することを思う。

第一に、リアリズム小説として。

この作品に描かれた、太平洋戦争、大東亜戦争の後の満州での逃避行は、かなり作者の体験に基づくとことがかなりあるらしい。そののような知識で読むせいか、満州の荒野の逃避行は、鬼気迫るものがあると感じる。フィクションを交えてはいるのだろうが、その描写の根底には、作者の満州での体験があってのことなのだろうと思う。

第二に、寓話として。

非常にリアルな描写があるのだが、全体として、どことなく寓話的である。なるほど悲惨な場面が多い。だが、それを描く作者の目は冷静である。全編を通じてどことなく空想の世界のような雰囲気もないではない。あるいは、この小説の物語全体を通じて、なんとなく夢のなかのできごとのような印象を感じるところもある。

このような寓意を感じさせる作品というのが、安部公房の持ち味なのだろうと思うことになる。

以上の二つのことが、読んで感じることである。

戦後の満州での逃避行ということ、私などは、『朱夏』(宮尾登美子)を思い出してしまう。これは、著者の体験に裏付けられた小説である。この安部公房の作品は、かなり雰囲気はちがうが、戦後の満州でいったいどのようなことがあったのか、あまり文学的に残っているものはないのかもしれない。(ただ、これは私が知らないということもあるのだろうが。)

そして、この『けものたちは……』を読んで感じることは、人間にとっての自由とは何か、自分の意志で行動するということはどういうことなのか、この世界のなかで自分はどんな存在なのか、根底から問いかける視点があることが重要だろう。それが、冬の満州での逃避行という極限状況をリアルに描くなかで、通奏低音として響いている。

2022年6月15日記
[文学]

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