『あんぱん』「ふたりしてあるく 今がしあわせ」
2025-08-03


2025年8月3日 當山日出夫

『あんぱん』 「ふたりしてあるく 今がしあわせ」

戦後の東京編が本格的にスタートというところである。正直な感想としては、見ていてつまらなくなっていくばかりである。

見ながら思ったことを書いておく。

有楽町のガード下の闇市という雰囲気がまったくない。登場人物としては、浮浪児がいたり、パンパンがいたり、ということにはなっている。ただ、これを見ていて、私としてはどうしても気になることがある。浮浪児やパンパンには、名字がない。ドラマのオープニングで登場人物の名前・役名が表示されるが、それも、ドラマの一部であると私は思って見ている。このようなことは通例ではあるのだが、しかし、AKの前作である『虎に翼』で、あれほどまでに結婚して名字が変わることに、こだわりをみせておいたのであるから、名字というのは人間にとって重要なものであると考えるとするならば、浮浪児やパンパンにも、名字があるべきである。これで、ドラマの中の科白として、それがまったく出てこないとしても、オープニングの名前で名字があることの意味は、はっきりと視聴者に伝わる。でなければ、いっそのこと、浮浪児AとかパンパンB、とかにしてもいいことだっただろう。(浮浪児の本名なんて分からなかった、パンパンなどは源氏名である、というふうに考えてもいいかもしれないが。)

とはいえ、『虎に翼』でも、女中の玉や、浮浪児だった道男には、最初から最後まで名字がなかった。ドラマのなかで、名字の大切さを言ったとしても、それは、所詮は、途中から思いつきで脚本をそうしただけのことで、深く考えてのことではなかった。AKのドラマ制作のスタッフの考えていることは、この程度のものである、といってしまえばそれまでなのだが。

のぶは、薪鉄子議員のところで働くことになり、有楽町のガード下で住むことになる。だが、この時代、若い独身の女性(この時点ではのぶは未亡人)が、一人で有楽町のガード下に住むだろうか。私の知識の範囲としては、かなり難しい。まったく無理だったとは思わないが。

のぶを追いかけて嵩も上京する。これはいいのだが、嵩はどこに住むことになるか、まったく考えずに上京してきたらしい。これも、ちょっと考えがたい。のぶのところに一緒に住むのは無理ということで、八木のところにやっかいになるのだが、これも、どうなのだろうか。八木が、どこでどんな生活をしているのか、家族はいるのか、というあたりのことが、これまでまったく出てきていない。どう考えても、都合が良すぎる。(ここで、八木が同性愛者であったりすると、とても面白い展開になるかと思うが、AKもそこまでは考えなかったようである。)

のぶと嵩がいるところに、嵩の母の登美子がやってくる。たしかこの場面では、嵩がはじめてのぶの住まいに行ったときだったはずなのだが、なぜ、登美子はのぶの住まいを知っていたのだろうか。このドラマでは、登美子が、突然に登場することがこれまでにあったが、今回の場合は、どう考えてもその理由が分からない。

嵩は、登美子のすすめで百貨店につとめることになる。史実として、やなせたかしは三越で働いていたし、その包装紙のデザインにもかかわっている。ドラマの中の描写では、嵩は、画家の先生が描いたデザインの絵に、直接、万年筆で文字を書いていた。これは、どう考えてもおかしい。少なくとも、いくつか候補を考えて書いてみて、それを検討したうえで、決めるだろう。また、書くときも、鉛筆で下書きをしておいて、それをペンでなぞるか、あるいは筆(面相)で書くか、だろう。いきなり万年筆で、Mitsuboshi、と筆記体で書き込むのは、やはり不自然である。(これも、嵩が天才的なデザイナであったとすればいいのかとも思うが、それなら、そのときの職場の周囲の人びとの反応があってしかるべきだろう。)


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