よみがえる新日本紀行「川並衆角のりのころ〓東京・深川木場〓」
2025-10-01


2025年10月1日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行「川並衆角のりのころ〓東京・深川木場〓」

再放送である。2022年10月15日。オリジナルは、1975(昭和50)年10月20日。

NHKの取材に向かって、いなかっぺにはわかんねえだろ……ということばをかけるというのも、この時代(昭和50年)ならではのことである。こういうのを「粋」というべきかもしれないが、これは、もうほろんでしまったことになる。

だが、この時代の木場の川並衆の男性(かなり高齢だが)のことば、その話し方などを記録してあるという意味では、非常に貴重なことになる。

戦前は、木場で働く職人たちは、みんな刺青をしていた。兵隊に行く前には、一人前であるあかしとして、刺青をすることになっていた。このようなことも、もう今では無くなってしまったことである。

昔の木場の仕事の風景を絵に描いていた老人は、その後、どうなったのだろうか。描いた絵は、今は、どうなっているのだろうか。残っていれば、かなり貴重な歴史の史料になったにちがいない。

以前は、木場に木材を集めて、製材して出荷していた。水は、木材の運搬のためにも、また、貯蔵しておくためにも、必要なものであった。しかし、東京の下町エリアの都市の開発と、地盤の低下で、木場がその役目をはたせなくなる。満潮のときには、木材を組んだいかだが、川にかかっている橋をくぐりぬけることができない。

この番組の中では、はんてん、と言っていた。これが古い言い方である。今は、テレビのニュースなど見ても、はっぴ、という言い方が増えてきている。孫が角乗りのために、はんてんを着ているときに、祖父の男性が、その着方を指導して、規則だ、と言っていた。こういうところも、下町の粋ということになるだろう。

日本の木材の流通も変わってきた。今では、輸入の木材が増えているし、また、加工済みのものを輸入することも多い。戦前ならば、とおく外地から運んできたということもあったかとも思うが、日本の木材の輸入の歴史とはどうだったのだろうか。

今でも角乗りは、受け継がれているが、しかし、それは、一種の伝統芸能としてである。かつて、その技術は、木場で働く労働者の技能の一部であった。こういうところは、やはり時代の流れということになる。

2025年9月24日記

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