『ばけばけ』「フタリ、クラス、シマスカ?」
2025-10-26


2025年10月26日 當山日出夫

『ばけばけ』「フタリ、クラス、シマスカ?」

この週でトキは東京に行って帰ってきた。

銀二郎が出奔してしまう。松野家に借金があることは分かっていたはずだが、これほど働くことになるとは予想していなかったのだろう。最終的には、長屋の隣の遊廓の客引きまですることになる。これについて、勘右衛門は、松野家の格が下がると怒る。松野家のために働いているのに、それを、家の格が下がると批難されたので、銀二郎も可哀想である。とうとう、家を出てしまう。

東京にいる銀二郎を探してトキも旅だつ。この時代のルートとしては、(私の想像だと)ともかく瀬戸内海側に出て、そこから陸路か、あるいは、船旅、ということだろうと思うが、どうだったのだろうか。鉄道はまだそんなに開通してはいないはずであるし、貧乏なトキとしては、ともかく歩いたようである。

東京の本郷で、銀二郎のいる下宿を見つける。そこは、松江から東京に出た学生たちが集まるところでもあった。近年まで、東京などには、地方出身者のための施設が作られたりしていた。(ちなみに、漱石の『三四カ』は、明治41年の作品だが、大学生になって上京する三四カは、とりあえずは国(故郷)の寮にでもやっかいになろうかと、汽車の中で広田先生に言っている。)

銀二郎は、人力車夫をしていた。地方から東京に流れてきて、とりあえず仕事をするとなると、こういう仕事だろうとは思うが、しかし、東京の地理を知らなければならないので、体力勝負だけの仕事ではない。といって、貧民窟に住んで、日雇い労働ということだと、ちょっとドラマの設定として難しいかもしれない。

本郷の下宿にたどりついたら、部屋には、錦織がいた。秀才帝大生ということのようだったのだが、実は、苦学して、教師の資格を取ろうと、猛勉強していたということである。たぶん、これから、ヘブンが来日して、松江の中学の英語の先生になるということで、かかわりがあるかと思っている。

同じ下宿の帝大生が言っていたが、旧松江藩の松平伯爵家から、奨学金が出ていたとのことである。昔は、お金持ちが、貧乏だが優秀な若者のために学費を提供するということがあった。三菱の岩崎家など、将来そのことを絶対に秘密にするということを条件にして、学費を補助していたということがあったかと憶えているのだが、はたして実際はどうだったのだろうか。

この週の終わりで、トキは、銀二郎と別れて、松江に帰る決心をする。その理由はふたつあったことになる。

第一には、錦織の言ったことで、これからは西洋文明の時代である、怪談など、目に見えないものを云々する時代ではない、と。典型的な明治の近代主義である。それに、トキはついていけないものを感じたのだろう。トキは、松江の怪談をみんなの前で話そうとしていた。それを完全に否定する考えに、東京で出会ったことになる。

第二には、松江の家族のことを思い出したからである。英国式ブレックファースト(パン、ベーコン、スクランブルエッグ)、そして、紅茶ではなくて、牛乳だった。牛乳を飲んで、上唇が白くなったみんなの表情を見て、松江の家族のことを思い出した。実の娘ではないが、松江には家族がいる。このところの描写は、科白による説明はなかったし、また、松江の回想シーンもなかった。下手なドラマなら、そうするところである。ただ、牛乳を飲んだ後の、トキの表情の変化で、その心情のゆれを表現していた。

こういうところを見ると、このドラマのヒロインのトキを、高石あかりが演じていることの価値が、十分に発揮されたと感じることができる。


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