若冲ディスカバリー
2026-01-23


2026年1月23日 當山日出夫

若冲ディスカバリー

若冲の絵は、すごいとは思うのだが、もう展覧会とかに出かける気にはならないでいる。人の多いところに行くのが、億劫なのである。まったくの世捨て人である。

私の若いころは、若冲は名前は知られていたが、今ほどの人気ではなかった。大人気になったのは、ここ20〜30年ぐらいのことだろうか。

外国にも若冲の作品はあるが、これは、かつての浮世絵のように、(不当にというべきか)流出したというものではないようである。おそらくは、しかるべき美術商などの手を経ているものかと思う。

そして、その中には、偽物もある。

おそらくは、専門家としては、偽物は、見た瞬間にそれと分かるにちがいない。番組では、こういうとことろが若冲ではないと解説して見せてくれていたが、真贋を見分けることの本質は、一瞬の判断、実物の持つオーラを感じとることができるかどうか、だろう。贋作と判断したものを、説明すれば、そのようになるということかと思っている。

番組の中に出てきていたのは、晩年の水墨画が多い。「動植綵絵」に代表されるような、きらびやかなフルカラーの絵ではなかった。現存するものの数ということもあるだろうし、その作品が描かれてからの伝来や流通の経緯もあるだろうし、何よりも、水墨画の方が、簡単に低コストで偽物が作れるだろう……と、まあ、推測する。

若冲は18世紀の最高の芸術家の一人ということになる。まったく個人的な妄想といわれればそれまでだが、若冲の「動植綵絵」などが描かれて受容された背景には、日本の江戸時代になってからの本草学の普及ということがあるだろう。リアルな目で動植物を見るようになった時代の精神である。たとえば、高松藩の松平頼恭が作った「衆鱗図」なども、同じ時代の精神性の系譜の中において見ることができるだろう。この流れの中で、喜多川歌麿の浮世絵なども理解できるかとも思う。

若冲について、こういう見方をするのはどうかなと思われるが……字が上手い。絵もいいのだが、字がとてもいい。芸術的な感性のすばらしさを感じる。

日本に美術のコレクターという人たちが出てきていたが、こういうコレクションは、将来的にはどうなるのだろうか。ちょっと気になるところである。

2026年1月19日記

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