2026年2月4日 當山日出夫
新日本風土記 「秋田川反 雪の酒場街」
再放送である。最初は、2024年2月13日。
秋田の川反のエリアに焦点をあてた企画である。見ながら思ったことを書いておく。
NHKとしては、かなり婉曲な表現にしたということだろうと思うが、昭和27年に10歳の少女が「売られた」ということは、それが川端芸者であったとしても、今の概念でいえば、人身売買だろう。売春禁止法の施行は、昭和33年である。この時代の、貧しい家庭の子どもの生きていく道としては、妥当な選択肢のうちであったというべきだろう。
見ていて、その踊りは、(私の見るところでは)さして上手とは思えなかった。ありていにいえば、踊りの芸を見せる、教えるのは、仕事のメインではなかったと思っていいだろうか。あるいは、ただ、年をとったということかもしれない。それでも、この踊りを見たいという人が多かったということになる。いろんなことを思うが、いろんなこと(つらいこと)のあった人生なのだろう。
番組の最後のカットで映り込んでいたのが、無料案内所、の看板。意図的に、これを最後に映したのか、たまたまそうなっているのか、どうなのだろうか。
ハタハタは、近年は、不漁で簡単に食べられるものではなくなっている。昔は、一般的なお魚だったのに、と思う。
おでん屋さんが、炭火で酒の燗をする。(この映像は、最近、再編集版で見た記憶がある。)炭火を使うのは、一定の温度を保つことができるからだろう。最後の焼き鳥を焼く場面でも映っていたが、いい炭を使っている。私としては、今の時代に、こういう炭を焼いている人のことの方が気になる。
川反が昔うるおっていた時代。八郎潟の干拓事業のあった時代であった。八郎潟のことは、昔の学校の社会の教科書にも出ててきていたことである。農地造成ということで、大規模な公共事業の成功例として、語られていたという記憶がある。それが、今では、お米を増産するべきなのか、減産すべなのか、揺れている。(今の八郎潟はいったいどうなっているのだろうか。)
日本酒をワイングラスで飲むというのは、私の趣味ではない。ワイングラスをつかっていながら、全体をてのひらで持ってしまっては意味がないだろう。ブランデーではないのだから。それよりも、おでん屋さんの言っていたように、徳利を持つときは下の方を持って、ということの方が、酒のことをよく分かっていると感じる。
お酒をどんなふうにして飲むか(そのままの常温か、温めるか、冷やすか)、どんな器で飲むか(焼き物の盃か、ガラスのコップか、ワイングラスか)ということがあって、それに会わせて、お酒もまた作り方が変わっていく、飲み方も変わっていく、ということである。
昔ながらの製法で日本酒を造るということは、今の時代だったら、そのように造ったということを、意味のある特別な付加価値として商品化できるだろう。一部の日本酒、ウイスキーなどは、ものすごく高い。(ただ、私は、ことばの言い方として「日本酒」ということばは好きではない。言語学的には、レトロニムである。ただ、「酒」と言った方がいい。昔の日本で、酒といえば、日本酒だったのであるから。)
昔ながらの酒造をささえるのは、杜氏などの技術もあるが、樽を作る技術もあってのことになる。今でも、こういう樽を作れるということは、継承していくべきことと思う。
(私自身は、酒を飲むとしても、日本酒でも、ウイスキーでも、焼酎でも、同じガラスのコップにダボダボとそそいで飲むだけの、無粋きわまりない人間であるのだが。)
尺八を吹いていた男性、てっちゃ、は、今ではもう、「忘れられた日本人」というべきだろう。こういう人でも街の中でも生きて行くことができた時代は、もうもどらないかと思う。
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