2016-06-29 當山日出夫
2016-07-04 追記
このつづきを書いてあります。
国を国旗であらわしていいか(その二)
[URL]
昨日の大学での講義(実習授業)でのこと。プレゼンテーションの練習をさせている。自分の好きなテーマで、10分ぐらい教室の前にたってみんなの前で発表してもらう。
それに対して私は、簡単なコメントを言うことにしている。基本的には、一つは良かったところを褒めて、一つは改善すべき注意点について述べる、このようにしている。
この前、ある学生の発表について、いつになく、つい厳しい口調で注意してしまったことがある。(なるべくおだやかに話しをすることをこころがけている私としては、自分で顧みても、少しきつかったかな、と感じる。)
それは、国を国旗であらわしてしまうことの是非についていである。
発表のテーマは、WBC(野球)について。何年かに一度、各国であつまってその世界一を決める大会である。これについて、発表した学生がいた。プレゼンテーションの巧拙、スライドの作り方の上手・下手は別にして、特に私が気になったことは、参加国をしめすのに、国旗のデザインで示していたことである。
これに対して……国旗で国を表すことには、かなり注意をはらう必要がある。いわゆる国民国家の枠組・概念が現在の国際社会のなかではゆらいでいる。ついこの前、英国のEUからの離脱、それをめぐって、さらに、スコットランドの独立がとりざたされている。中近東などでは、もはや国民国家の体裁をなしていない。また、日本については、その国旗(日章旗)は、確かに国をあらわすものであるが、同時に、反日・反体制のシンボルでもある。国旗には、このような側面がある。このことを十分にわきまえたうえで、国旗の使用には慎重であるべきである……まあ、こんなふうなことを言ってみた。
だが、別に学生が悪いわけではない。WBC(野球)の試合は、国を単位として参加して、国ごとに勝負をきそう形式である。だから、参加国の国旗でもって、その国をあらわしても、特に問題があるというわけではない。プレゼンテーションとして問題があるとしたら、国旗のデザインを見ただけで、それがどの国のものであるか、すぐにはわからない場合があるかもしれないので、注意が必要である、というぐらいであろうか。
とはいえ、国というものを、国旗で表象してしまうことに、私は、なにかしらの違和感のようなものを感じるのである。特に、それが、大学の教室という場面においてなされると、何か、場違いなような感じがしてならない。
私は、日本国の国旗は日章旗であることに、異論はない。このことは十分に認識している。だが、いや、だからこそ、その国旗というものが、反日のシンボルにもなり得るものであることを、十分にふまえておかなければならない。そして、それを、素朴に持ち出してくることは、ちょっと考えてみた方がいいとも感じるのである。
おもわず口に出して、それも、かなりきつい口調で言ってしまったことではある。そのことについては、反省の必要はあるだろう。だが、その場所で私が感じた違和感のようなものは、どうしてもぬぐいさることができない。
日章旗を日本国の国旗であると考える私であってさえも、何かしら落ち着きのない気持ちになってしまう。これは、気にしすぎであろうか。
では、他にどのような代替案があるかといえば……名称・名前で文字で示す、地図で示す、などが考えられるが、どれも問題がないわけではない。国の呼称はいろいろ問題のある場合がある。また、国境の画定していない国というものもある。だからといって、では国旗でいいかとなると、そうもいかないように思う。
セコメントをする