2026年1月17日 當山日出夫
『ばけばけ』「マツノケ、ヤリカタ。」
この週から、松野家(もちろんヘブン先生をふくむ)が、新しい家にひっこして、新しく一緒の生活がはじまる。
まず、おトキの着物が良くなった。武家の家の奥さんという感じになった。
これまで、天国長屋に住まいしていたときは、おトキの着物を見ると、ちょっと丈が短いかな、足首が出過ぎているかなという印象があったし、また、おトキは、冬でも(松江で記録的な寒さであったが)裸足だった。それが、この週で、ヘブン先生と一緒になって暮らし始めてからは、着物が良くなっただけではなく、丈が長くなった(足首が見えなくなった)。そして、足袋をはいている。
これは、この週になって着ているものが変わり、足袋をはくようになる、ということが、あらかじめ設定としてあって、その前の暮らしということで、貧乏な没落士族の生活を表現するための、おトキの衣装と裸足の足だった、ということになる。これからの熊本編のことが発表になっているが、少なくとも、松江が舞台になる部分については、あらかじめきちんと計画しての脚本と演出であったことが分かる。(このあたりは、途中で迷走することのあった過去の朝ドラとは、大きく違っているところである。)
ヘブン先生の着ている浴衣も、先週までは短いものだったが、この週からは身長にあったものに変わった。
再放送がはじまった『マッサン』も見ているので、どうしても比べるところがある。外国人との結婚ということで、日本に住むようになって、いろいろと苦労すところがある。また、それを受け入れる側の日本の人びとの反応をどう描くかということもある。
ヘブン先生は、正座ができる、小骨のあるお魚も大好き……と、新聞に書かれる。今も昔も、新聞とは無責任なものである。
日本人らしい生活ができるかどうか、ということが、外国の人が日本にやってきて、日本の生活になじめるかどうかの、試金石のようになるのは、いたしかたないことだろう。こういうことがある、ということを一概に否定することはできないと思う。
私が見て問題かなと思ったのは、正座という座り方は、どう考えても日本古来の伝統というものではない。これは、歴史学などの常識的知識だと思っている。正座が普通になるためには、すくなくとも、家の中が畳敷きの部屋が基本になり、座布団などが一般に使われるようになってからのことであるはずである。どう考えて見ても、江戸時代以降の上層身分の人たちにおいてでないとおかしい。そのスタイルが、近代以降になって広く普及した。
大河ドラマの『麒麟がくる』で、女性の登場人物が立て膝で座る演出をしていたのだが、これが不評であった。しかし、歴史的な考証としては、室町時代のことなら、女性は立て膝で座るのが普通である。(こんなことは、常識だと思っていた。)
『ばけばけ』の時代、明治の20年代の松江だったら、畳敷きの座敷がある家屋というのは、武家屋敷か、上層町人の住まいぐらいだっただろう。川の向こうの天国町の長屋で、畳敷きの部屋があるという設定も、どうかなと思うところである。
だが、ここは、現代の通念にしたがって、日本人は座るときに正座するものである、というイメージで作ったことになる。これを特に批判しようとは思わないが、こういうことは、いわゆる「創られた伝統」というべきものであるとは思っておくべきである。
セコメントをする