2025年7月14日 當山日出夫
『べらぼう』「願わくば花の下にて春死なん」
この回の演出は、かなりオーソドックスな構図で撮ってあったが、やはり、画面が暗い。夜の室内の行灯の明るさ、提灯の明るさ、まあ、実際にはもっと暗かったはずだが、これまでの時代劇ドラマでは、あえて明るい照明にしてあった。それが、この『べらぼう』では、可能な限り、室内の特に夜のシーンは、暗く撮影する方針である。(日曜日の昼に、4Kで『八重の桜』から続けて『べらぼう』を見ているので、その画面の暗さが非常に印象に残る。)
また、あえて逆光で人物を撮っている。室内で、障子を背景にしてということであるが、人物の表情が分かる範囲で、暗く写している。背景が障子であるから、その紙があることが感じられ、人物の表情も見える、このギリギリのラチュチュードの範囲で、照明と構図が考えられている。このような撮影が可能になっているというのは、やはり撮影機材の技術の進歩、テレビの性能の向上ということがあってのことになるだろう。
天明の飢饉である。これまでずっと思ってきたことなのだが、飢饉となって、地方の農村部では飢え死にというようなこともあったらしい。そのなかで、少なからぬ人びとが、村落を離れて江戸市中まで流れてくる。無論、江戸市中では米はとれない。だが、江戸には米があった、ということなのだろう。この時代、米の生産と流通は、実際にはどうなっていたのだろうか。米の生産をしている農村部で飢餓状態になるが、都市部では生きのびることができたということになる。それだけ、強引に年貢米をとりたてて江戸に集積していたということでいいのだろうか。また、米を作らない漁民などは、どうしていたのだろうか。(中世から近世にかけての、さまざまな歴史の勉強ということになるのだが、もうこの年になると、本を読んでみようという気にもならないでいる……)
お米の流通を、(今でいう)マーケットの論理にまかせておくと、安売りで顧客獲得のために値段が下がると思っていたのが、逆に、高騰してしまう。世の中とは、こんなものだろう。
大坂でお米の業者がつぶれて、幕府がそれを買い上げて、江戸で売る。市場への政府の介入である。江戸まで運ばなければならないが、その輸送コストは、かなりかかったかもしれない。
これも、日本では、食管法があった時代は、政府は農家から高く買って、消費者に安く売る、ということがあった。これは、さんざん批判されて、今のように、自由な市場になったのであるが、輸入については、厳しく制限がある。私の世代だと、お米の通帳、というのをかろうじて記憶していることになる。
江戸時代の人たちは、いったいどんな食事をしていたのだろうか。こういうことについては、江戸城とか、吉原とかで、どんな料理があったのかは、分かることかもしれないが、一般の人びとのことは、記録に残りにくい。江戸時代には、多くの料理本も刊行されているのだが、それに掲載されているような料理を、一般の人びとが日常的に食べていたというわけではなかっただろう。
江戸城内の刃傷事件というと、どうしても元禄時代の赤穂事件、つまり忠臣蔵の事件のことを思ってしまうが、田沼意知も切りつけられたことになる。この事件の真相はよくわかっていないことかと思うが、ドラマとしては、恨み辛み(それが誤解であっても)の積み重なったあげくのことであり、さらには、これは背後に策謀した人物がいたらしい、という、まあ陰謀論的な筋書であった。これは、ドラマとしては、よく考えてあるとは思う。狩りの場面での雉のエピドードは、なんかうさんくさい。陰謀にまんまとはめられたようである。これなら事件がおこっても、そうだろうなあと思うことになる。
意知の事件と、誰袖のこと、これをたくみに描いていたが、これは上手に作ってあると感じた部分である。
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